妊娠中、腰や骨盤の痛みに悩みながらも、「妊娠中だから仕方ない」「出産まで我慢するしかない」そう感じている方は少なくありません。
お腹が大きくなるにつれ、身体の重心や姿勢は大きく変化します。
その影響で、立ち上がる・歩く・寝返りを打つといった日常の動作がつらくなることもあります。
日本では、妊娠中の痛みに対して「妊娠中は避けられないもの」と説明されることもありますが、ヨーロッパ、特にフランスでは「オステオパシー(Ostéopathie)」という手技療法が、妊婦の身体ケアにおける補完的な選択肢のひとつとして利用されています。
本記事では、妊娠中の腰痛・骨盤痛が起こる背景と、オステオパシーがどのような考え方で関わるのかを、研究報告や医療ガイドラインをもとに分かりやすく解説します。
妊娠中の腰痛や骨盤痛(Pelvic Girdle Pain:PGP)は、決して珍しいものではありません。
英国NHS(国民保健サービス)でも、多くの妊婦が経験する一般的な症状として紹介されています。
また、英国産婦人科医会(RCOG)でも、妊娠期に腰痛や骨盤帯痛(PGP)が生じることは自然な経過の一部として位置づけられています。
(参照:NHS – Back pain in pregnancy)
(参照:RCOG-Pelvic girdle pain and pregnancy)

医学的には、妊娠期の腰痛・骨盤痛は単一の原因ではなく、複数の要因が重なって生じると考えられています。
- 妊娠に伴う体重増加と重心の前方移動
- 姿勢の変化(腰椎前弯の増加など)
- 骨盤周囲・背部筋群への機械的負荷の増大
- 日常生活動作や睡眠環境の変化
これらは妊娠に伴う生理的な変化として説明されることが多く、必ずしも重篤な疾患が原因ではありません。
一方で、出血、強い腹痛、胎動の変化、発熱を伴う痛み、血圧の変化などがある場合は、医療機関での診察が必要とされています。
フランスでは、2002年以降の法律・政令により、オステオパシーの教育内容や資格要件が明確に定められています。
そのため、一定の教育課程を修了した者のみが「オステオパス(ostéopathe)」として活動できる仕組みが整えられています。
この制度化により、妊婦を含む幅広い層が、医療を補完する身体ケアのひとつとしてオステオパシーを選択できる環境が整ってきました。
妊娠中は胎児への影響を考慮し、鎮痛薬の使用をできるだけ控えたいと考える女性も少なくありません。
そのためフランスでは、産婦人科での妊娠管理を前提としながら、薬物療法を補完する選択肢としてオステオパシーが利用されることがあります。
英国NHSでも、オステオパシーは筋骨格系の痛みで利用されており、妊娠中の場合は事前にGP(かかりつけ医)や助産師へ相談し、妊娠関連の痛みに対応できる施術者を選ぶことが推奨されています。
(参照:NHS – Osteopathy overview)
オステオパシーの基本原則のひとつに、「身体はひとつの統合体として機能している」という考え方があります。
そのため、腰に痛みがあっても、原因が必ずしも腰部だけにあるとは限らないと捉えます。
妊婦の腰痛に対して、オステオパシーでは以下のような部位の連動性に注目します。
- 骨盤・股関節:体重を受け止める部位の可動性
- 背骨(脊柱):姿勢変化への適応
- 下肢:身体を支える土台としての安定性
- 内臓(主に消化器官):腹部の張りや不快感が姿勢・体幹に影響
- 胸郭(肋骨など):呼吸に関する可動性
これらを総合的に評価し、身体への負担が特定の部位に集中しない状態を目指すことがオステオパシーの特徴といえます。

妊婦への施術では、母体と胎児の安全が最優先されます。
そのため、施術は安定期に入ってから行います。また、施術前には妊娠週数・既往歴・合併症の有無・産婦人科での検診状況などを確認し、施術の適応を慎重に判断します。
妊婦に対しては、強い刺激を伴う手技は一般的に避けられ、状況に応じて以下のような穏やかな手法で施術を行ないます。
いずれも強い刺激を加えるものではなく、妊娠期の身体に配慮した範囲で行われることを前提に慎重に選択されます。
・筋エネルギー法(MET)
筋エネルギー法(MET)は、患者さん自身の筋肉の力を軽く使いながら行う施術です。施術者の指示に合わせて、「軽く力を入れる → 力を抜く」という動作を繰り返すことで、偏った筋肉の緊張を緩め、関節の可動性を上げます。
・筋膜・軟部組織(ソフトティシュー)
筋肉や筋膜(筋肉を包む薄い膜)、または軟部組織に対して、やさしい圧や刺激を加え、こわばりや緊張を和らげていく手技を使用します。強い力を使わず、身体が自然にゆるむように調整していくため、刺激が苦手な方にも比較的受けやすい施術です。
・関節の動きを整えるモビライゼーション
関節をゆっくりと動かしながら、関節の動きの悪さ(可動制限)を改善させ、関節周囲の体液の流れを促進させます。モビライゼーションは、小さく・安全な範囲で関節を動かす方法なので、急な動きや強い刺激が不安な方にも適しています。
・内臓マニピュレーション
妊娠期は姿勢変化や腹部の張りなどで体幹の緊張が高まりやすいことがあります。内臓マニピュレーションでは、内臓(主に消化器)と背骨・骨盤の関係を、神経のつながりや結合組織(膜・筋膜など)の連続性の観点から捉え、腹部周囲をやさしいタッチで施術し、緊張を整える手技です。
・頭蓋骨へのアプローチ
頭蓋から背骨・仙骨までの連動に配慮しながら、非常に軽いタッチで緊張を評価・調整する手技です。ストレスや過緊張が強い場合に、自律神経のバランスや全身のリラックスをサポートし、背骨・骨盤まわりが動きやすい状態を目指す目的で用いられることがあります。
妊娠中の腰痛・骨盤痛に対するオステオパシー手技療法については、近年、ランダム化比較試験(RCT)や観察研究を中心に、一定の研究が進んでいます。
重要なのは、これらの研究が「痛みを完全に消失させる治療」としてではなく、「妊娠の進行に伴う痛みや機能低下を軽減し、日常生活の質(QOL)を支えるケアとして評価されていることが特徴です。
この研究では、妊娠後期の女性を対象に、
- 通常の産科ケアのみ
- 通常ケア+偽治療
- 通常ケア+オステオパシー手技療法(OMT)
を比較するランダム化比較試験(RCT)が行われました。
その結果、OMTを受けた群では、
- 妊娠の進行に伴う背部痛の悪化が抑えられる傾向
- 身体機能(日常動作能力)の低下が軽減
であることが示されました。
妊娠後期は症状が強まりやすい時期であることを考えると、痛みの悪化を防ぎ、生活機能を維持できる、臨床的にも意義のある結果と言えます。
(参照:PMC- Pregnancy Research on Osteopathic Manipulation Optimizing Treatment Effects)
2023年に発表されたデータでは、妊娠後期(第三トリメスター)の女性を対象に、オステオパシー介入前後で
- 腰骨盤痛の強さ
- 生活の質(QOL)
が評価されました。
その結果、「腰骨盤痛の強さが統計学的に有意に低下」「痛みの軽減と同時に、QOLの改善が報告」されており、「妊娠中の身体的負担が軽減されることで、日常生活の過ごしやすさが向上する可能性」を示す結果と考えられます。
(参照:PMC- Influence of Osteopathic Manipulative Treatment on the Quality of Life and the Intensity of Lumbopelvic Pain in Pregnant Women in the Third Trimester)
オステオパシーは、医療の代替ではありません。
妊娠中の健康管理は、主治医(産婦人科医)による診察と管理が最優先されます。
オステオパシーは、医学的な異常が認められないにもかかわらず続く不快感に対する補完的な選択肢として位置づけられます。
以下の症状がある場合は、施術を検討する前に医療機関を受診してください。
- 出血や破水の疑い
- 強い、または持続する腹痛
- 胎動の明らかな減少
- 発熱を伴う痛み
- 急な血圧の変化
妊娠中の身体の状態は、母体だけでなく赤ちゃんの成長にも影響を与える可能性があります。
そのため、近年では妊娠期から出産後にかけて、母子ともに身体の状態を継続的にケアしていく考え方も重視されています。
出産直後、または出産後1ヶ月から検診を行い、1歳頃まで定期的にオステオパシーで身体の状態を確認していくケースもあります。
- 乳幼児は生まれた直後から頭蓋骨が徐々に固くなるため、その成長過程に応じた評価とケアが重要です。
- 寝返り・ハイハイ・歩行など発達段階の変化に伴い、筋骨格の状態を確認することが推奨されています。
- 妊娠中の状態や出産時の圧力が、頭蓋骨や背骨の可動性に影響する可能性が指摘されています
また、妊娠中に母体の胸郭や背骨、骨盤の動きが制限されている場合や、出産時の長時間のいきみ、帝王切開などによって、赤ちゃんの身体に圧力がかかることがあります。
こうした背景から、妊娠中から身体のバランスを整えておくことが、赤ちゃんの健康や発育環境にも良い影響を与える可能性があると考えられています。
さらに、抱っこや寝かせ方など日常の姿勢によっても偏りが生じやすいため、出産後も継続的に身体の状態を確認していくことが重要とされています。
妊娠中の腰痛や骨盤痛は、決して珍しい症状ではなく、多くの妊婦が経験します。
RCOG(英国産婦人科医会)やNHS(国民保健サービス)のガイドラインが示す通り、まずは医療機関で安全確認を行い、運動や生活指導を基本とすることが重要です。
その上で、近年の研究では、オステオパシー手技療法が
・妊娠後期に悪化しやすい痛みの進行を抑制する
・生活の質(QOL)を改善する
・日常生活での機能の低下を軽減する
といった点で、妊娠期の悩みや負担軽減に寄与する可能性が報告されています。
オステオパシーは医療の代替ではありませんが、「妊娠中の不調を少しでも楽に過ごしたい」
「薬に頼らず身体の負担を軽減したい」と考える妊婦にとって、妊娠期の身体的変化に寄り添いながら、できるだけ快適に過ごすための現実的な選択肢のひとつとして、評価を受けています。
資格
フランス政府保健省認可校パリCSO (Conservatoire supérieur d’Ostéopathie) にて、オステオパシー国家資格 (D.O.) 取得
経歴
東京都出身。
パリのオステオパシー学校CSOで5年間にわたり、医学理論とオステオパシー技術を習得。新生児・小児、妊娠期、アスリート、がん患者など、多岐にわたる専門カリキュラムと臨床経験を修了。
パリでオステオパットとして従事した後、現在は東京を拠点とし、様々な国籍の方々に施術を行う。
